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”もっと!”台風がきた!/俺と仕事と育児

”もっと!”台風がきた!/俺と仕事と育児

こども未来賞(妻編)

<<つづき>>

■ああ、これが育児ノイローゼなのかもしれないな、ぼんやりとそう思った。私は何をしていたんだろう。少しでも夫を助けようと思って始めた仕事がこんなことになってしまっったのだ。家族を思いやる余裕がなくなっていたのだ。どうしてもっと早く気づいてあげられなかったのだろう。夫を追い詰めてしまった自分に腹が立った。どうして助けてあげられなかったのだろう。どうして、どうして。二人ともごめんなさい…。それだけだった。

■「 もう限界だ。仕事休んでくれ。」
たった一言。それが最初で最後のSOSだった。

■その晩から私は仕事を休み息子につきっきりになった。いつから笑わなくなってしまったんだろう、覚え始めの言葉ももうしゃべってはくれない。眠る時さえ布団に隠れるように小さく小さく丸まって眠る。涙が止まらなかった。一日中おしゃべりをし、泣いたり笑ったり大忙しで、大の字になって眠る思いっきり寝相の悪い息子はそこにはいなかった。

■一日中かんしゃくを起こしては奇声をあげて泣き叫ぶ息子を
 「 大丈夫だよ。いいこだね。大好きだよ。」
そういっては抱きしめた。子どもの不安を取り除いてあげたかった。あふれる涙を隠しては大丈夫だよ、大好きだよと。私がお母さんなんだ、この子を助けるんだ、この子の笑顔を取り戻すんだ。毎日それだけを考えて過ごした。親子だからこそ、夫婦だからこそ気持ちは必ず伝わるのだ。そして隠せるものではないのだ。夫とも毎日沢山話をした。沢山笑って、沢山泣いた。

■私は息子を連れて実家に戻ることにした。夫にも一人でゆっくり考える時間が作ってあげたかった。自信を持って欲しかった。今はこどもがそばにいない方が良いのではないかと。

■残念なことに家族はこの状況を理解しようとしなかった。父親が、さらには息子が育児ノイローゼなんて受け入れら無かったのだろう。でもそれは恥ずかしいことではない、隠さなければならないことでもない、それを口にすることで本人がどれだけ救われるのだろうか。一緒にがんばろう、大丈夫だからと助けてくれる人がいる、それは何よりも心強く、心が開放されるのではないか。

■実家に戻ると母はただ黙って話を聞いていた。
 「 かわいそうだったね。もう大丈夫だよ。」
小さな小さな息子を抱きしめ母は泣いた。私達には助けてくれる人がいる。甘えてもいい。ただそれだけで強くなれそうな気がした。

■それからの三日間で息子は笑顔を取り戻した。そして、以前のようにしゃべることを始めた。しかし眠る時は、小さく小さく丸まって布団に隠れて眠った。まだまだ不安は根深く住み着いてしまっていた。

■三日ぶりにうちに戻った。
 「 おと(おとうさん)」
いつもの笑顔で抱きついた。
 「 おかえり。こんな俺でもいいのかな。」
息子を抱きしめ夫がつぶやいた。
 笑顔が不安の壁を崩したのだ。もう何も心配ない。私達は助け合えるのだから。
笑って、泣いて、怒って、時には投げ出したっていい。少しづつでいい、ゆっくりでいい、不安にならないで、がんばりすぎないで。私達の育児は自分育ての育自なのだから。
<<おわり>>


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